2016年12月28日

2016-17 雨ヶ森初冠雪

昨夜からの冷え込みで今シーズン初冠雪。

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思いの外冷え込みが厳しく日中も溶けないままだった。
作業中の手袋を途中で厚手にしたぐらい。
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2016年12月18日

16-17 冬タイヤ交換

アクティとHR-Vを冬装備、スタッドレスタイヤに交換。
アクティは既にホイール持ち込んで新品のBS W300に交換しているので
ジャッキアップしてホイール交換。

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HR-Vはもう1シーズンは頑張ってもらおう。
posted by 加茂のヤクザ@管理人 at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年12月17日

エラン RACE GSX 182cm

昨年貰ったフォルクルのGS板だが元々エッジが少なかったのと
ビンディングが調子悪くヒビも入ってきた。
思い切って上京時に昔なじみのショップに立ち寄り一式そろえた。
今更FIS規格のR30を履きこなしてレースに出るつもりはなく
大回りメインでR20前後のGS板を希望していくつか比較。
最後にノルディカとエランが残ったが先行き怪しいエランに決定。
エランは'93シーズンにSLとGSの板を使って以来。
(というかこの間全く板は買っていない)
RACE GSX182cm R19.8というマスターズ仕様、本日到着。
チタンシート2枚を挟み込んだ左右非対称の独特なモデル。
今から初滑りが楽しみである。

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日本ではエランというメーカーはなかなか見ることが少ないマイナーな存在。
我々50代以上のスキーヤーにとってはステンマルクの板で有名だった。
スウェーデンの英雄のアルペンワールドカップ86勝という偉大な記録は
'89年の引退から未だに破られていない。
(引退レースとなった志賀高原ワールドカップを偶然観に行ったのだが
 GS2本目の滑りは全盛期を思わせる美しい滑りでラップを獲ったのを憶えている)
そのステンマルクが引退するまで履き続けたのがエランだった。
当時の東欧諸国の中でも比較的自由な社会主義国だったユーゴスラヴィアだったが
外貨不足は慢性的でそれを補うために借款に対してバーターを行っていた。
要するに借金を物で返すだけなのだがスウェーデンに対してはエランで対応。
ステンマルクは子供の頃の大会で賞品にエランを貰ったのがきっかけで
他社の勧誘には耳を貸さず引退するまでエラン以外の板を履く事はなかった。
スキー関連産業が国家の一大事業に位置するスキー大国の各メーカーは
あの手この手でステンマルクをエランから引き離して
自社に取り込もうとしたが全く相手にされないとわかって一致団結し
最終的にワールドカップの得点ルール変更という手段に出るしかなかった。
凄いのはステンマルクが望むレベルのSL用の板をエランが開発できなかった時期に
ステンマルクはGS用の板を短くしてSLに使いじっとエランの開発を待った。
しかもその間SLにも勝っていたのだから恐れ入る。
引退後エランの終身顧問アドバイザーとなったものの
ユーゴスラヴィア連邦解体に伴う紛争で経済制裁を食ってエランの経営が悪化し
倒産寸前に追い込まれた事でステンマルクはエランを去り
他のレーサーもエランから乗り換えざるを得なかったと聞いた。
ちょうど当方がRC-Xという技術系の板を履いた頃である。
その後スロヴェニア独立により輸出再開で持ち直したエランだが
皮肉にもスキー一本での経営を何とかしようとした
船舶事業等の経営多角化に失敗したらしく
前述のように数年ほど前から再び雲行きが怪しくなってきた。
アルペンでも2年前にスウェーデンチームサプライヤーから撤退し
技術系エースのアンドレ・ミューラーが突然他社に変えざるをえなくなり
ヘッドにしたもののしばらくの間は苦労していた。
最近は地元スロヴェニアでもストックリばかりでさっぱり見ないし
唯一使用していたブラッドーネ(ITA)が引退した今年は
ワールドカップでも全く見ないメーカーになってしまった。
ノルディックジャンプではスロヴェニア製を中心に見かけていたのだが
今年から女子ジャンプの高梨沙羅がスラットナーという見慣れない板にチェンジ。
男子スロヴェニアの英雄ヴロビツも含めエラン勢がほぼスラットナーにチェンジ。
調べてみると今年からエランのノルディック部門撤退と売却で
現時点では実質的にはエランからブランドが変わったようなもの。

スラットナーを調べている際にわかったのだが
ジャンプ競技はエラン以外でもメーカー撤退が相次いでおり
2016年12月時点で生産を行っているのはわずか3社のようだ。
スラットナー・フィッシャー・SPORT2000の3社でフリューゲは生産終了。
スラットナーも新規開発は中断しているらしく従来製品の供給のみ。
(実質的にはエランから引き継いだ材料の在庫限りの可能性もある)
最近アトミックが撤退したのは知っていたけれどロシニョールも撤退とは。
フリューゲも旧東ドイツのゲルミナを引き継いだメーカーなので新規参入ではない。
ノルディックは専門外なのだがおそらくオーダーメイドで作らざるを得ない
ジャンプ板はまったく採算に合わないのだろう。

話を戻す、これまでも何度か経営危機に見舞われてきたエランだが
今回は今まで以上にかなり深刻なようだ。
競技を始めた初期にフィッシャーを使ってからは
主に技術系エラン、高速系ケスレーで使い分けていたのだが
ケスレー亡き今は残ったエランに頑張って欲しくて今回はエラン。
(ケスレーは倒産したのではなくベネトングループの経営戦略で
 ノルディカに買収されただけでその後商標は日本のゼビオが使用。
 2006年にオーストリア人にブランド売却してWebサイトもあるらしい)
posted by 加茂のヤクザ@管理人 at 18:58| Comment(0) | TrackBack(0) | スキー・スケート

2016年12月16日

松葉川開拓集落

1945(S20)年の閣議決定による緊急開拓事業実施要領から
端を発するいわゆる戦後開拓という農業政策があった。
現在検証するとかなりお粗末な政策だったが戦後の混乱の中で
引き揚げ者の急激な増加に慌てた政策であったことは間違いないだろう。

高知県内にもその開拓集落がいくつか残っており
未だに入植者(その子孫縁戚含む)がいる場所もわずかながらあるが
ほとんどは離農してその痕跡すら定かでない場合が多い。
(以前訪問した上岡分校も開拓集落)
一度高知県にも確認したが公文書の保存期間は過ぎているので皆目不明。
他県では戦後開拓史などの文献が残されているケースが多いのだが
高知県にはほとんど存在しないのでその数すらはっきりしない。
かろうじて1952(S27)年に発行された「高知県農地改革史」に
開拓農協設立状況や代行開拓地現況調査が載っているものの
これが誤字が多くしかも町村名や現地名を間違っている有様。
いくつか訂正して何とか53カ所の存在は把握できた。
(存在がわかっただけで場所は不明な開拓集落がほとんど)

松葉川は場所も特定できた数少ない開拓集落である。
「松葉川開拓農業組合 組合員数16 1948(S23)年3月1日設立」とあり
松葉川の右岸と左岸に分かれていたらしい。
松葉川村→窪川町→四万十町と自治体が合併しており
地元での資料は期待できない可能性大。

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以前ははっきりした痕跡があったと地元で聞いたが
30年ほど前に開通した林道の残土捨て場になって何も残っていないそうである。
他には人工林の中に石垣やコンクリート構築物がぽつんぽつんと残っている。
posted by 加茂のヤクザ@管理人 at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校・地域

2016年12月11日

上京

所用で久しぶりに上京した。

空港に着くと鮮やかなカラーのFDA機がちょうど離陸するところだった。
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最近大人しくなったっぽいボンバルディア機。
おそらく初期不良が出尽くしたのだろう。
でもできることなら乗りたくはない。
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一通りの用事を済ませて帰高。
富士山と南アルプスもほとんど雪がなかった。
週末の寒波でかなり変わっただろう。
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posted by 加茂のヤクザ@管理人 at 11:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記